自己紹介
| 管理人 |
肩とらっぷ |
| 年齢 |
1975年生まれ |
| 生まれ |
宮城県のどこか |
| 住まい |
宮城県のどこか |
サッカー観戦歴 |
7年 |
”仙台人”歴 |
7年 |
仙台の歴代のプレイヤーで好きな選手 |
阿部良則 |
★"肩とらっぷ"の由来
98年のJFL(ブランメル)時代、国士舘大学戦で阿部良則選手が右からのクロスを肩でワントラップし、右足で見事なシュートを決める。
その場面が今でもなぜかミョーに記憶に残っているもので・・・。
今考えても、彼は本当にうまかった。
★肩とらっぷと仙台
1994年11月1日、プロスポーツ不毛の地といわれた東北・仙台にJリーグを目指すプロサッカーチームが誕生した。
その名はブランメル仙台。母体となったのは東北社会人リーグを戦っていた東北電力サッカー部。
折しも世の中はJリーグブームの真っ只中であった。
仙台はJFL(当時)昇格をかけて、95年1月全国地域リーグ決勝大会を戦う。
その模様は地元テレビ局で中継された。
その時、私は初めて"仙台"というチームを知ることになる。
仙台は最終戦で横河電機を5−1で破り、決勝リーグ1位となりJFLへの昇格を決める。
その試合をテレビで見ていた私は、5−1という見事な勝利に、
「強い!この勢いで来年はJリーグへ昇格だあ!!」と、
あまりにも単純にこのチームのことを好きになってしまった(笑)。
その頃はまだJFL、Jリーグ、そして日本サッカーのレベルというものを私はほとんど知らなかった。
そして、2001年11月18日、"ベガルタ"と名称を変えた仙台はJ2リーグ戦最終節、西京極陸上競技場にて京都を1−0で破りJ1への昇格を決める。
クラブ創設から7年、仙台は紆余曲折の道を辿りながら、待ちわびた日本のトップリーグへと登り詰めることとなった。