李氏朝鮮
1392年〜1910年
朝鮮半島の最後の王朝。略称は李朝。
韓国では朝鮮王朝と言い、国は朝鮮と呼ぶ。
1392年に高麗の武将李成桂(太祖)が、恭譲王を廃して自ら高麗王についたことで成立した。
李成桂は翌1393年に中国の明から「権知朝鮮国事」(朝鮮王代理、実質的な朝鮮王)に封ぜられて、国号を朝鮮と定めた。
明から正式に朝鮮国王として冊封を受けたのは太宗の治世の1401年であった。
日清戦争で日本が勝利したことにより、日本と清国との間で結ばれた下関条約により、朝鮮は清王朝を中心とした冊封体制から離脱し、1897年に国号を大韓帝国(だいかんていこく)、君主の号を皇帝と改めた。
その後、1910年8月の日韓併合条約調印によって日本に併合され、李朝は消滅した。
交易
中国との朝貢貿易 輸出の主力は朝鮮人参、貂皮、海獺皮、昆布、日本から輸入した銀など。塩・生糸・絹織物などを輸入していた。
対馬を介した日本との交易 中国から輸入した生糸や絹織物、木綿、朝鮮人参、穀類などを輸出。銀や銅を大量に輸入していた。
琉球との交易
機関
議政府(ウィジョンブ) 最高政治機関
承政院(スンジョンウォン)
内侍府(ネシブ) 侍従所
内禁衛(ネグミ) 王の警護
内医院(ネイウォン) 宮中内の病院
太平館 民国などからの使者の宿舎
水刺間(スラッカン) 王の食事を担当する宮廷内の厨房
退膳間(タソンカン) 王の食事の配膳所
司饗院(サオンウォン) 食材や物品の管理所
捕盗庁(ポドチョン) 治安機関
職位
大監(テガム) 正一品、従一品、正二品
令監(ヨンガム) 従二品、正三品
(ナウリ) 従三品以下
議政府(ウィジョンブ) 最高政治機関
領議政(ヤンイジョン)
左議政(チャイジョン)
左参成(チャチャンソン)
左参賛(チャチャムチャン)
右議政(ウイジョン)
右参成(ウチャンソン)
右参賛(ウチャムチャン)
捕盗庁(ポドチョン) 治安機関
従事官(チョンサガン)
茶母(タモ) お茶酌みのお姉さん
女官の品階
正一品 嬪(女+寶)
従一品 貴人
正二品 昭儀
従二品 淑儀
正三品 昭容
従三品 淑容
正四品 昭媛
従四品 淑媛(スグォン)
正五品 尚宮、尚儀
従五品 尚食
正六品 尚寝、尚子功
従六品 尚正、尚記
正七品 典寶、典衣、典膳
従七品 典設、典製、典言
正八品 典賛、典飾、典康
従八品 典燈、典彩、典正
正九品 泰商、泰角
従九品 泰變徴、泰變、泰羽、泰變宮、
尚宮(サングン)
提調尚宮(チェジョサングン) 女官長
最高尚宮(チェゴサングン) ドラマのための架空
気味尚宮 毒味役
訓育尚宮(フニュックサングン) 教育担当
身分制度
両班(ヤンバン)(科挙官僚を輩出する階層)
中人(チュンイン)(技術職を輩出する階層)
良民(ヤンミン)・常人(サンミン)(一般の農民)
賤民(チョンミン)(白丁(ペクチョン)・奴婢(ヌヒ)) 人口の約30%
ハングル文字
1443年に草案
1446年に訓民正音として公布
漢字語 漢字で表記できるもの
固有語 漢字で表記できないもの(ソウルなど)
朝鮮八道
咸鏡道 (咸鏡北道・咸鏡南道・両江道の一部・羅先直轄市 現北朝鮮)
平安道 (慈江道・平安北道・平安南道・両江道の一部・平壌直轄市・新義州特別行政区 現北朝鮮)
黄海道 (黄海南道・黄海北道 現北朝鮮)
江原道 (江原道 現韓国 / 江原道・金剛山観光地区 現北朝鮮)
京畿道 (京畿道・ソウル特別市・仁川広域市 現韓国 / 開城直轄市・開城工業地区 現北朝鮮)
忠清道 (忠清北道・忠清南道・大田広域市 現韓国)
慶尚道 (慶尚北道・慶尚南道・釜山広域市・大邱広域市・蔚山広域市 現韓国)
全羅道 (全羅北道・全羅南道・光州広域市・済州道 現韓国)
年表
1392年: 李成桂が、高麗・恭譲王の王位を簒奪し、高麗王に即位。
(朝鮮 1393〜1897)
1393年: 国号を朝鮮に変更する。
1398年: 第一次王子の乱。
1400年: 第二次王子の乱。
1401年: 明より王を名乗る事を正式に認められる。
1404年: 室町幕府と国交回復、日朝貿易盛んとなる。
1419年: 日本の対馬へ侵攻する応永の外寇
1443年: 訓民正音の制定(1446年公布)。
1498年: 士林派に対する弾圧士禍が始まる。(戊午士禍)
1504年: 甲子士禍。
1510年: 三浦の乱。対馬の日本人による反乱。対馬との通行が一時途絶える。
1512年: 壬申約条。対馬との通行再開。
1519年: 巳卯士禍。
1545年: 乙巳士禍。
1555年: 備辺司設置。
1559年〜1562年: 黄海道で民衆反乱(林巨正の乱)。
1567年: 士禍が終わる。以後、士林派同士の対立が続く。
1575年: 士林派の東人と西人の対立始まる。
1592年〜1593年および1597年〜1598年: 豊臣秀吉の2度の朝鮮侵攻(文禄・慶長の役、韓国では「壬辰倭乱・丁酉再乱」と呼ぶ)を受ける。
1607年: 江戸幕府と日朝国交回復交渉始まる。
1608年: 北人(東人の分派)の大北、光海君を擁立。北人政権が始まる。
1609年: 日朝通商条約。日本との通行回復。幕府との朝鮮通信使による交流。
1619年: サルホの戦いで明との連合軍が後金軍に大敗。
1623年: 仁祖のクーデター。光海君廃される。大北粛清される。
1627年: 後金軍、朝鮮に侵攻(丁卯胡乱)。
1636年: 清の皇帝ホンタイジが朝鮮に親征(丙子胡乱)。朝鮮国王仁祖、南漢山城に篭城。
1637年: 仁祖降伏し、清に服属する。
1660年: 礼論(服喪期間に関する対立)により、西人と南人(旧東人の分派)が対立する。
1683年: 西人、老論と少論に分裂する。
1721年〜1722年: 辛壬士禍。
1728年: 李麟佐の乱。
1784年: キリスト教の伝来。
1791年: キリスト教の弾圧始まる。
1796年: 水原城(華城)建設。
1801年: キリスト教への大規模な弾圧が続く。
1804年: 士林派による政治の終焉。安東金氏による権勢政治 (〜1863年)。
1811年: 洪景来の乱(地方差別に反発した一揆、平安道農民戦争とも言う)。
1811年: 第12回の朝鮮通信使が家斉襲封祝賀のために出立するが、対馬に差し止められる。朝鮮側はこれを不服として以降断交。
1861年: 金正浩による朝鮮全図、大東輿地図の完成。
1862年: 壬戌民乱(慶尚道晋州を中心にした大規模な民衆反乱)。
1863年: 大院君政権の成立。
1866年: 丙寅邪獄。ジェネラル・シャーマン号事件。
1873年: 大院君追放、閔氏政権の成立。
1875年: 江華島事件勃発。
1876年: 日本の明治政府と日朝修好条規締結。
1882年: 壬午軍乱おこる。朝米修好通商条約締結。
1884年: 甲申政変、開化派のクーデターは失敗に終わる。
1894年: 東学党の乱(甲午農民戦争)、大院君の政局復帰。大院君派と閔妃派の対立が深まる。金玉均、上海で暗殺される。
1895年: 閔妃暗殺事件。
(大韓帝国 1897〜1910)
1897年: 大韓帝国に改称する。
1904年: 第一次日韓協約。
1905年: 第二次日韓協約(日韓保護条約)。
1906年: 韓国統監府設置。
1907年: ハーグ密使事件。第三次日韓協約。韓国軍、一部を残し解散。
1909年: 韓国統監府初代統監伊藤博文が安重根により暗殺される。
1910年: 日韓併合条約に基づき日本に併合され消滅。
参考
李氏朝鮮
李舜臣 亀甲船
朝鮮通信使

新規作成日:2006年6月18日/最終更新日:2006年6月18日