2009/05/08〜05/10
講中の皆様と千葉県内のお寺巡り <6/15>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■2009年05月29日
 5/8(夜)〜5/10(夜)は、千葉県方面へのお寺詣りでありました(^.-)☆I

 成田山新勝寺の近くでの昼食後は、成田国際空港方向に向かい、空港スグ脇を走り抜け東南宝庫にと進行。本日3ヶ寺目の「本山 日本寺」にと向かいます。

 さすが“成田国際空港”です。
 空港への進入路には「POLICE」の文字を背中に、機動隊の皆様が警戒中。
 要所要所には配備され、厳重に警戒中でありました。

 こんな方々を尻目に、丘の上には離着陸時の飛行機を狙ってズッと待っています若者の皆さん(^-^)
 こぅしてここに終日いましたら、世界各国の色んな旅客機が眼に出来まして、さぞかし楽しいものとお察し致します。
 もしGONsanが、こんな環境近くにでも暮らしておりましたら、この方々同様、休日の都度出かけまして、1年を通じて飽きもせず同じ景観・飛行機を撮りまくっています事でしょうねぇ〜

 バス車内からこの方達を1枚パチリとなりましたけど、結構羨ましさを抱いてしまいましたよ。
 楽しいでしょうねぇ〜



 ■成田国際空港警察署

 成田国際空港警察署は、新東京国際空港(現 成田国際空港)の開港を間近に控えた昭和53年2月に設置されました。
 現在、約140名の警察官と職員が勤務しています。

 日本の空の表玄関である成田国際空港では、一日約7万3,000人の航空旅客が出入国しておりますが、不正薬物、けん銃、ワシントン条約で取引が規制されている希少動物などの密輸入犯罪や密出入国事件などが発生しています。

 成田国際空港警察署では、こうした犯罪の予防、検挙に全署員を挙げて努めております。


 …との事ですけど、本当にご苦労さまでございますm(_ _)m
 この方々のお陰で、空港の安全が確保されているのかと思いますと、もっと沢山画像に撮ってあげましたら宜しかったですねぇ〜
 とは言いましても、通過時の一瞬の光景ですから、そぅ簡単には撮れませんでしたけど(^.-)☆

 それにしましても、この丘は飛行機見物には最高の場所なのかも分かりませんネ。
 大勢の方が集まって見上げておられましたから…

 残念ながらGONsan達が通過時には、一機も離着陸はありませんでしたよ(^-^)//"

 

 

   

 ■2009年05月30日
 5/8(夜)〜5/10(夜)は、千葉県方面へのお寺詣りでありました(^.-)☆J

 「本山 日本寺」到着は、これまた日程表通りピッタリP.M.1:26でありました。
 正確には4分ばかり早い到着ではありますけど、まずは予定通りの行程です(^_^)v


 ◆日本寺

 所在地 千葉県香取郡多古町南中1820
 山号 正東山
 宗派 日蓮宗
 寺格 本山(由緒寺院)
 創建年 1319年(文保3年、元応元年)
 開基 日祐
 正式名 正東山日本寺
 文化財 山門、扁額


 ■日本寺 (多古町)
  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 日本寺(にちほんじ)は、千葉県香取郡多古町にある日蓮宗の本山(由緒寺院)。山号は正東山。江戸時代、日蓮宗の檀林が置かれ「中村檀林」と称された。日蓮宗三大檀林(中村、小西、飯高)の一つ。

 ◆由緒

 1319年中山法華経寺の日祐によって創建されたとされ、1599年に檀林が設置されて明治初年まで続いた。
 当檀林から奠師法縁、親師法縁(精師法縁、貞師法縁)、達師法縁、境師法縁、要師法縁、莚師法縁の七法縁が発生した。

 現住は340世津守日豊貫首(岡山市中区の妙広寺より晋山)。奠師法縁。

 ◇千葉県多古 本山 日本寺

 元応元年(1319)中山法華経寺第三世 日祐上人がこの地に草庵を結び、日常上人を開基として北総一円の布教拠点とした。
 日本寺は関東の三大壇林(日蓮宗教学の学校)の1つに数えられた「中村壇林」の旧跡。

 約280年の歴史で境内のあじさいは見事。今もなお大伽藍を誇る。
 本阿弥光悦筆の扁額や日蓮聖人、冨木日常上人交互御影を什す。


 …と、こんな由緒あります「本山 日本寺」。
 関東の三大壇林(日蓮宗教学の学校)として、明治を迎えますまでは多くの優秀な僧侶を輩出しましたのでしょうけど、今ではいわゆる檀家がありませんだけにお寺の運営は楽ではありませんのかも…

 “新談義講堂絵圖(図)”には、当時の卒業試験の一場面が描かれておりますけど、合格し見事卒業出来ました方は前途洋々の世界が開かれましたのでしょうけど、不合格の方は…
 二度と故郷には帰れませんでしたのかも…
 この図をズッと眼にしていましたら、僧侶の世界の厳しさがジーンと伝わって来てしまいましたよ(^-^)

 二階の傍聴席には、当人のご両親を始め学資を提供して来られました郷里のスポンサーの方々、親戚の方々…と、大勢の方々がこの様子を見守っておられましたのでしょうねぇ〜
 今も昔も受かれば人生バラ色(^_^)v 落ちれば地獄(^-^;
 卒業試験の後には、悲喜こもごもの様子が展開しました事でしょうねぇ〜

 当時の講義日程表等の貴重な資料も数多く残されておりましたけど、ジッと見つめておりますと、受かった方々よりも落っこちた方々の方に想いが向いてしまいまして、不合格者の以降の動向にチョッと関心が…
 それ以後は、どんな人生を歩んで行かれましたのでしょうネ…
 案外サバサバとして楽しい人生を歩んで行かれましたのかも…

 まぁGONsanには知る由もありませんけど、この“新談義講堂絵圖(図)”は暫く見つめてしまいましたよ(^-^)//"

 

 

 

 

 

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