真庭市蒜山「蒜山ホースパーク& 備前市閑谷「閑谷学校<2/2>
 ■2011年01月06日
 閑谷学校

 正月早々、この絵日記に綴ります話題に事欠きますから、また友人から頂いた画像を挿入です(^.-)☆
 友人ご家族、蒜山ホースパークからの帰路には、今度は「閑谷学校」にお立ち寄りですネ(^-^)
 GONsanも岡山市に暮らしていました時に、二度ばかり出かけた事があります閑谷学校…秋にはここの紅葉も仲々色鮮やかですから、紅葉を楽しみに出かけられます方々も結構多いようですネ。

 奇しくも、友人ご家族も、その時期に出かけられましたご様子。
 画像を拝見致しますと、それなりに観光客もおられます。


 ■閑谷学校

 閑谷学校(しずたにがっこう)は、江戸時代前期に岡山藩によって開かれた庶民のための学校。所在地は岡山県備前市閑谷。校地は特別史跡、講堂は国宝。

 岡山藩主池田光政によって開設された世界最古の庶民学校である。
 藩士のための教育施設(藩校)「岡山学校」に続き、岡山藩立の学校として開かれた。
 建築には32年の月日を費やしており、他に例をみない手間隙かけた質とスケールを誇り330余年の歴史をもっている。

 地方の指導者を育成するために武士のみならず庶民の子弟も教育した。
 また、広く門戸を開き他藩の子弟も学ぶことができた。就学年齢は8歳頃から20歳頃までであった。
 カリキュラムは1と6の付く日には講堂で儒教の講義があり、5と10の付く日は休日となっているなどであった。頼山陽などの著名人も来訪し、幕末には少年時代の大鳥圭介もここで学んだ。

 岡山藩は学校領を設け藩財政より独立させ、学田や学林を運営させた。これにより、もし転封や改易により藩主が交替となった場合においても学校が存続するよう工夫した。ここに岡山藩がこの学校をいかに重要視していたか、その一端が窺える。

 楷の木建造物のうち、講堂が国宝に指定され、小斎・飲室・文庫・聖廟・閑谷神社・石塀など24棟が国の重要文化財に指定されている。
 また、付近一帯は国の特別史跡に指定されている。2本の巨大な楷(かい)の木や周辺のもみじが美しく、秋の紅葉名所でもある。


 …と、こんな閑谷学校なんです(^.-)☆

 閑谷学校の講堂は板張りでピカピカに磨いてありまして黒光りしておりましたのが、未だに印象に残っています。
 なんせ建築には32年の月日を要しているのですから、江戸時代・寛文10年(1670)岡山藩主・池田光政によって創建され、既に340年経ておりましても、その品質の高さには眼を見張ります。
 通路脇の石造りの塀にも眼を奪われました。
 昔の皆様も、大変イィ仕事をしておられますねぇ(^-^)//"

 

 

 

 

   

   

 

 

 

 

 

   

  

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