中村講中 滋賀&京都方面お寺巡り <1/5>
 ■2011年12月04日
 中村講中の皆様との滋賀・京都方面へのお寺参り(1)

 もぅ1ヶ月以上も前の事になってしまいましたけど、10/23(日)は中村講中の皆様と日帰りの滋賀・京都方面のお寺参りでありました(^.-)☆

 A.M.6:00に町内会集会所の駐車場に集合し、定刻にバスは出発となりました。
 参加者は総勢29名。
 山陽自動車道・福山東ICから名神高速・菩提寺PA(滋賀県)まで、いつものように休憩を取りながら走行すること丁度4時間。

 菩提寺PAは最後のトイレ休憩で、竜王ICを出まして一路、八幡城跡・瑞龍寺へ。
 八幡城跡・瑞龍寺が存在します八幡山への登り口・八幡山ロープウェイ公園前に到着がA.M.10:34。
 予定通りの到着で、絶好の行楽日和ですから瑞龍寺へ向かわれます方々は結構多いようでした(^.-)☆


 ◆八幡山城

 八幡山城(はちまんやまじょう)は、滋賀県近江八幡市宮内町周辺(近江国蒲生郡)に存在した山城。羽柴秀次の居城として知られる。別名近江八幡城とも呼ばれている。
 標高100mほどの鶴翼山とよばれる山の山頂付近に築かれ、本丸跡には村雲瑞龍寺が建てられ、二の丸,三の丸(西の丸)、北の丸などの曲輪には石垣、礎石が残る。

 山頂へは宮内公園または日牟禮八幡宮横の山道から約45分ほどで登ることができるが、ロープウェーを利用することも可能。
 本丸や二の丸などに残る石垣が見所のひとつではあるが、本丸から眼下に広がる近江八幡市街地、および二の丸や三の丸からの琵琶湖の眺望も素晴らしくお勧めである。
 また、八幡山麓の八幡堀や近江商人の屋敷跡など古い町並みを散策するのも良い。

 2001年に八幡山の南西山麓で豊臣秀次の館跡が発見され、館跡からは礎石、金箔瓦、釘などが検出されている。中でも秀次の馬印である沢瀉(おもだか)紋の金箔平瓦の出土が注目を集めている。


 ◆瑞龍寺(村雲御所)

 JR近江八幡駅の北西約3km、八幡山(271.9m)山頂にある八幡城本丸跡の寺院。日蓮宗。
 安土・桃山時代に、豊臣秀次の母であり秀吉の姉である端龍院日秀尼公が、秀吉に自害させられた秀次の菩提のために、京都の村雲に創建しました。そのため俗に、村雲卸所と呼ばれています。

 のち、昭和37年(1962)に現在地に移されました。日蓮宗では唯一の門跡寺院として格式が高いです。

石垣を左右に控えた山門が、八幡城の盛時を偲ばせており、寺内にある釈迦三尊像や観音菩薩立像が寺院の歴史を物語っています。
 また、京都から移された庭園は名庭として知られています。山麓からのロープウェイの利用が参詣には比較的便利で、眼下南側には碁盤の目状に区画された近江商人の町並みが広がります。
 遠くには三上山(432m)、鈴鹿連山を望み、東麓の水郷から続く琵琶湖の眺望は市内随一といわれています。


 遠い昔に想いを馳せますと、秀吉に自害させられた秀次の面影が浮かんで来るようでしたネ。
 それにしましても、甥・叔父の関係にありながら…戦国時代を勝ち抜いて行きますのには、時として冷徹無比な行動も必要でしたのでしょうねぇ〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

← 戻る  Contentsに戻る  トップページに戻る  進む →
Ads by TOK2