2014/05/10-11 代理出席で鹿児島行きとなりました(^.-)☆ <1/12>

 ■2014年05月15日
 
5/10〜5/11の2日間、代理出席で鹿児島行きとなりました(^.-)☆

 
5/10(土)〜5/11(日)の2日間、代理出席で某協会福山支部の研修旅行・鹿児島行きとなりました。
 本来ならGONsanの職場の会長様ご夫妻が出席されますところなんですけど、ご予定が重なりましたご様子で、我が社の重役様とGONsanが代理出席となりました(^.-)☆
 
 ラッキー(^_^)v…と言いたいところですけど、一応、研修旅行ですから(^-^)
 それに、鹿児島を訪れますのは、今回で4度目となりますから…
 
 行程は挿入画像の通りです。
 新幹線利用ですから、予定通り定刻に鹿児島中央駅に到着です。福山を出まして3時間余りで到着ですから、鹿児島も随分近くなりました(^_^)v
 鹿児島駅から貸し切りバスに乗車ですけど、挿入の画像はバス到着までの待ち時間を利用しまして駅構内・駅前付近で撮りましたものなんです。
 
 それでは、また、あまり説明も付けませんけど、出かけました先々の景観を画像でご案内させて頂きたいと思います(^-^)//"

 

 

 

 鹿児島中央駅に到着しましたのがA.M.11:33でしたから、ほどなく昼食タイム(^.-)☆
 バスに乗車しますと、一路、「Amaminosato South Villa Garden」の「れすとらん花ん華」へと直行となりました。
 
 ★れすとらん花ん華
 
 南国の花々に包まれたお店と、奄美の高倉をイメージして設計された店内があたたかい時間を演出します。夜には窓の外に望むライトアップされた南国の木々がムーディーな時間を演出します。当店一番人気の奄美鶏飯はもちろん、南国風の本格ステーキからフルコースまで幅広いお料理をお楽しみいただけます。その他にも気軽にお楽しみいただけるランチやスイーツ、アルコールなどもご用意しています。南国の風を感じながら美味しい料理を心ゆくまでご堪能ください。
 
 …と、こんな「れすとらん花ん華」でありまして、
 
 おすすめメニュー「奄美鶏飯」奄美鶏飯は鹿児島・奄美大島の代表的な郷土料理です。江戸時代には薩摩の役人をもてなすために用いられたこともあり、別名「殿様料理」と呼ばれています。レストラン花ん華では、選りすぐりの素材を使って、調理に時間をかけて丁寧に作っています。是非一度ご賞味ください。
 
 …と言う事で、昼食は『奄美鶏飯』となりました(^_^)v
 別名「殿様料理」と言われるだけありまして、結構豪華。量も多くてお替わりも可能。いゃぁ、もぅ満腹状態で食後の歩行も苦痛状態のGONsan。
 調子に乗って、つぃつぃ食べ過ぎてしまいましたよ(^-^;
 
 同じ敷地内に「奄美の里」がありましたけど、中に入りますのは有料でありました。
 団体行動でなく単独で鹿児島に来ているのでしたら躊躇無く入りますのですけど、団体の一員ですし時間もありませんから、チト残念でありました(^-^)
 外から中の様子は伺えませんけど、仲々美しい庭園のようでしたネ…
 
 仕方なく、昼食後には周辺の景観を何枚かパチリとなりました(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「れすとらん花ん華」での昼食後は、指宿方面にと進行です。が、その途中に薩摩庵七ツ島工場の工場見学に立ち寄りです(^.-)☆
 
 ★薩摩庵七ツ島工場の工場見学
 
 薩摩庵七ツ島工場は鹿児島の銘菓『かるかん』と名物『さつまあげ』の専門工場で、厳選された原料のみを使い、常にお客様に安心してご利用いただけるように細心の注意を払い製造いたしております。平成9年10月、東京において、厚生省(現厚生労働省)・日本食品衛生協会より食品衛生優良施設工場として、最高の協会会長賞を頂きました。
 
 見学後は出来立ての『かるかん』と『さつまあげ』がご試食になれますので、お気軽にお立ち寄りくださいませ。
 
 との記載がありました。
 
 ◆軽羹(鹿児島県産)
 
 ・軽羹饅頭(鹿児島県産)
 
 軽羹(かるかん)は、鹿児島県をはじめとする九州特産の和菓子である。名前の由来には諸説があるが、「軽い羹」という意味であるともされる。本来は棹物菓子であるが、近年は饅頭状として餡を仕込んだ「かるかんまんじゅう」が一般的になっている。
 
 ・製法
 
 原料としては、かるかん粉、砂糖、山芋を用いる。かるかん粉は米の粉であるが、特に軽羹用に鹿児島県を中心とした数社で製粉されている。山芋については、やまと芋(ナガイモ)などよりも自然薯(ヤマノイモ)が適しているとされる。
 これらの原料に水を加えて蒸し、弾力性の有る白色の半スポンジ様に仕上げたのが軽羹である。一般的な市販の軽羹は、水分が約40%、糖度は約40%、気孔率が約1.3cm3/gとなっている。
 
 軽羹は貞享3年(1686年)から正徳5年(1715年)ごろに薩摩藩で誕生したとみられ、正徳5年の藩主用の献立には、羊羹などとともに軽羹の記載がある。
 薩摩藩で軽羹が成立した要因としては、原料の山芋が藩内のシラス台地で自生し、琉球や奄美群島で生産される砂糖も入手しやすかったことなどが挙げられる。一方で近世の砂糖は高級品であり、天明6年(1786年)に菓子類の値下げが発令された頃には、軽羹1箱は日本酒1斗と同程度の価格だった。
 
 その後、享和元年(1801年)の御船奉行の食事の記録にも軽羹の名が出ている。鹿児島県には「ふくれ菓子」と言われる黒砂糖、小麦粉、重曹を用いた一種の蒸しパンが古くからあり、この菓子が参考とされたとも言われる。
 なお、20世紀後半までは、島津斉彬が江戸から招聘した明石出身の菓子職人八島六兵衛によって安政元年(1854年)に軽羹が考案されたという説が一般的だった。
 軽羹の誕生が安政以前に遡ることは明らかになったものの、誕生当時の軽羹がどのような品質のものであったかについては記録がなく、八島六兵衛は軽羹に何らかの改良を加えたのではないかとする説もある。
 
 八島六兵衛が出身地を店名として創業したのが、現在も続く菓子舗の明石屋である。
 現在では、鹿児島県内の多数の菓子舗で作られている。また、宮崎県でも鹿児島県産の軽羹が広く販売されるとともに、県内でも製造されている。さらに、大分県別府市の菓子舗でも1952年以来、軽羹が製造・販売されており、別府を代表する銘菓となっている。福岡県などにも軽羹を製造・販売しているメーカーがある。最近は関東や関西でも生菓子の一種類として使われるようになっている。
 
 ◆薩摩揚げ
 
 薩摩揚げは、魚肉のすり身を成型し、油で揚げた日本の料理。魚肉練り製品であり、「揚げかまぼこ」に分類される。 他の呼び方があると共に、この名称となっている薩摩地方では「つけ揚げ」と呼ぶ事から、当地が発祥ともされるが語源と共に発祥地は定かとなっていない。
 
 …と、WEB上にはこんな記載がありましたネ(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

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