2014/05/10-11 代理出席で鹿児島行きとなりました(^.-)☆ <4/12>

 

 

 

 

 

 

 

 特攻隊記念館とお別れしますと、後はこの日の宿泊地であります指宿「指宿ロイヤルホテル」にと向かうのみ(^.-)☆
 途中、開聞岳の麓を通過です。
 
 ◆開聞岳
 
 開聞岳(かいもんだけ)は、鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山。1964年(昭和39年)3月16日に、霧島屋久国立公園に指定された。
 日本百名山、新日本百名山及び九州百名山に選定されている。
 山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名薩摩富士とも言う。所在地は鹿児島県指宿市。
 
 ◆歴史
 
 4,000年前頃活動を開始し、有史以降の噴火記録は6世紀ごろからあり、貞観16年3月4日(ユリウス暦874年3月25日)と仁和元年(885年)7月・8月に大噴火した。このとき、山頂に溶岩円頂丘が噴出し、現在の二段式の山容となった。山体は主に粘性の少ない玄武岩だが山頂付近の溶岩ドームは安山岩でできている。
 
 7世紀末頃の噴火による噴出物の堆積層は青コラ、9世紀末頃のそれは紫コラと呼ばれており、薩摩半島南部で広く見られる地層である。噴火の年代が分かっているので、発掘対象の遺跡の遺物がこれらの地層の上下どちらから出てくるかで、この時代の生活の変化などを知る重要な手がかりとなっている。
 
 7世紀末の噴火では被害を受けつつも、古墳時代の様式を残した生活が続いていたが、9世紀末の噴火では大きな被害を受けて集落が放棄されるなど大きな生活の変化が起きていることが判明している。橋牟礼川遺跡は9世紀末の噴火によって放棄された代表的な集落である。
 
 なお、太平洋戦争において、旧知覧町の陸軍飛行場(現:知覧特攻平和会館)から出撃した特別攻撃隊機は、まず開聞岳へと進路をとり、富士山にも似たその山容に故郷や家族への別れを告げつつ南方へと向かったという。また、開聞岳の山麓西側の花瀬にはやはり太平洋戦争において、フィリピンで戦死した人々を慰霊する望比公園がある。
 
 2000年(平成12年)12月12日から下旬にかけて、噴気が観測された。
 
 …と、こんな開聞岳でありますが、バスの窓から眼にしますこのアングルですと、開聞岳が二段式となっていますのがよく分かりますネ(^_^)v
 
 宿泊地・指宿ロイヤルホテルは海岸沿いの丘の上に立地。
 海岸には歩いて下りられそうでしたので、翌朝には早速散策しなくては(^.-)☆
 
 指宿と言いますと、何が何でも砂風呂と言うか「砂むし」ですネ。
 到着と同時に、即、「砂むし」行きとなりました(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 ◆指宿温泉
 
 指宿温泉(いぶすきおんせん)は、鹿児島県指宿市東部(旧国薩摩国)にある摺ヶ浜温泉(砂蒸しで有名)、弥次ヶ湯温泉、二月田温泉などの温泉群の総称。
 
 鹿児島県内有数の観光地であり、2003年(平成15年)において年間285万人の観光客が訪れ、91万人の宿泊客を集めている。農業や養殖などへの温泉利用も盛んであり、温泉の9割が産業利用されていた時期もあった。また、1960年頃から始まったハネムーンブームの中、「東洋のハワイ」と呼ばれた指宿温泉は、そのメッカとして賑わった。
 
 ◆泉質
 
 泉質はおおむねナトリウム-塩化物泉であるが地域や掘削深度によって塩分濃度や微量成分が異なる。活動泉源はおおむね500カ所。一日あたりの総湧出量は約12万トン。
 湧出温度は50-60℃が多いが、100℃に達するものもある。
 温泉の水源は池田湖や鰻池に溜まった雨水と鹿児島湾からの海水が地下で混合したものであり、熱源は阿多カルデラに関連したマグマであると考えられている。
 
 ◆歴史
 
 「指宿」の名称は「湯豊宿」に由来すると言われているが別の説もある。
 江戸時代以前は高温の温泉や噴気口が点在する湿原であり危険な場所とされていたが、麻の加熱処理や炊事用、浴用として古くから利用されていた。江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』にも多くの温泉が紹介されている。
 
 明治以前は自然に湧出する泉源を利用するのみであったが、地面を数m掘削することにより容易に温泉が得られることから広範囲にわたって開発が進められた。
 特に1919年(大正8年)頃から1955年(昭和30年)頃にかけて温泉熱を農業や製塩に利用するために地下から大量の湯がくみ上げられ、古くから使われている泉源の枯渇や温度低下などの問題が多発した。このため新たな温泉源の探索が行われ、1957年(昭和32年)に地下200-300mの新たな温泉地層が発見され利用されるようになった。
 
 1964年(昭和39年)以降、温泉の製塩への利用は禁止されているが、農業や魚の養殖への利用は現在も行われている。
 
 高度経済成長以降、大規模なホテルが建設されるなど観光地としての開発が進み、日本国内および海外から多くの観光客が訪れるようになった。
 1982年(昭和57年)から毎年1月の第2日曜日に指宿温泉マラソン(1984年からいぶすき菜の花マラソン)が開催されるようになり、毎年1万人以上の参加者を集めている。

 

   

 

 宿泊ホテルへの到着前のバス車内では、砂むしに出かけます希望者を募られました。
 勿論、GONsanなんぞは真っ先に挙手(^.-)☆
 
 ですが、その時には希望者は意外に少ないものでありました。確か、10人程度でしたような…
 とにかく、ホテルに到着し、自室に手荷物を置き一階のフロントロビーに集合です。
 
 集合時間がヤッて来ますと、うん、うん、結構砂むし行きの参加者は多かったですよ(^_^)v
 総勢21名でしたか…
 私達が出かけましたのは、「砂むし会館『砂楽』」でありました(^.-)☆
 
 WEB上で検索しましたら、こんな記載がありました。
 
 ◆砂むし会館『砂楽』
 
 「砂むし会館 砂楽(さらく)」は鹿児島弁で、歩きまわるに通ずる「さらく」。観光客はあちこちを「あるきまわり」ながら、一度は、砂むし温泉の「館」である「砂むし会館」に立ち寄り、湯の湧出する浜辺で「砂」と「楽しみ」、砂むし温泉で休養してほしい、また、地域の方々にももっと「気楽」に足を運び「楽しんで」ほしい、という願いが込められています。
 
 ◆効能
 
 神経痛・リウマチ・腰痛・関節痛・骨折・脳卒中麻痺・むちうち・火傷・虚弱児・アトピー・皮膚病・痔・ぜんそく・糖尿病・胃腸病・月経障害・不妊症・貧血・冷え性・便秘・肥満・全身美容など。
 
 まずは、2階の受付で利用手続きなんですけど、21名ですから嬉しい事に団体さん扱いとなりました(^.-)☆
 ラッキー(^_^)v
 とは言いましても、料金的には200円程度安価となるくらい(^-^) でも、ラッキー\(^o^)/
 
 入浴というか利用時間は、10分程度が目安の様子。
 GONsanは、20分は入っていたい…と思ったものの、10分経ますとジワッと背中が熱くなって来まして、20分弱でギブアップ(^-^)
 GONsanと同時刻に入りました方は、10分過ぎましても気持ちよさそうに眼を閉じておられましたねぇ〜
 
 とにかく、GONsanの方は20分でサッサと切り上げとなりました(^.-)☆
 そして、皆さんが出て来られますまでの待ち時間を利用して撮りましたのが挿入の画像なんであります。
 今まで三度ばかり訪れました鹿児島なんですけど、一度も砂むしの利用機会はありませんでした。
 それだけに、ヤッと利用する事が出来まして、結構感激のGONsanなんでありました(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

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