2014/05/10-11 代理出席で鹿児島行きとなりました(^.-)☆ <10/12>

 

 

 

 

 

5/11(日)の朝刊には、こんな記事の掲載がありましたけど、前日・5/10(土)の噴煙は本年最高の4,500mだったようですねぇ(^_^)v

 

 

 

 桜島を後にしフェリー上から遠ざかります桜島を眺めておりますと、何となくホッとした気持ちも湧いてしまいます。
 島の住民の皆様に取られましては、火山灰に覆われます中での日々の暮らしは、何でもない事なのかも分かりませんけど、GONsanはどうも…
 やっぱりホッとしてしまいましたネ(^.-)☆
 
 大正大噴火の影響によって、以降は島の人口も減少を辿るばかり。
 これに歯止めを掛けようと、鹿児島市も色んな施策を講じておられるようではあります。
 
 住居を桜島に移し暮らされますと、色んな面で優遇措置が受けられますようです。
 ガイドさんが具体的な優遇措置について話して下さったのですけど、ジジィのGONsan、覚えてないなぁ〜
 例えば、賃貸物件に入居致しますと賃料は格安とか市民税も優遇…とかなんとか話しておられましたような(^-^;
 
 とにかく過去3度鹿児島を訪れましたけど、噴火しています桜島は初めて眼に致しました。
 これにはヤッパリ感動でした(^_^)v

 

 

 桜島の次には城山公園にと向かいます(^.-)☆
 城山公園駐車場近くには「西郷洞窟」が存在。
 
 西郷洞窟は、バス車内から眼にしましたけど、時間的に余裕がありましたら西郷洞窟も拝見出来たのですか…
 
 ◆城山
 
 城山(しろやま)は鹿児島市中央部にある山、あるいは丘陵。西南戦争最後の激戦地であり、国の史跡および天然記念物に指定されている。かつては鶴丸山・上之山と呼ばれていた。
 
 ◆概要
 
 城山展望台の標高は107mもしくは108 m。やや北方のMBC南日本放送城山送信所跡地(鹿児島市長田町)付近にある三角点の標高は123.4m。大部分がシラスで構成されている。
 
 現在は城山公園として整備されて、徒歩の他自動車で登ることも可能である。決して高い山ではないが、鹿児島市内で鹿児島湾および桜島を望む絶好のポジションにあり、夜景ポイントとして人気のある場所となっている。昼間でも天候がよい場合は霧島山系や開聞岳も見られる。
 
 また、クスノキ、シダ、サンゴジュなど分かっているだけで600種以上の亜熱帯植物が自生し、遊歩道沿いにそれらの植物を観察することも可能である。
 
 この山は先述のように西南戦争最後の戦地となったが、現在も西郷軍司令部の置かれた洞窟(通称「西郷洞窟」)、西郷隆盛終焉の地など西南戦争関連の史跡が残っている。
 
 現在、山の南部(鹿児島市新照院町)には城山観光ホテルやNHK-FM放送の送信所(鹿児島親局テレビ・FM放送所。かつてはアナログテレビの電波も送信していた)が建てられている。また公園整備の時に駐車場も作られた。このため、この区域にあった上之山城の城郭部は破壊されて残っていない。
 
 ◆西郷洞窟
 
 「9月24日、午前4時政府軍城山総攻撃が始まりました。城山に立てこもる薩軍兵士は、わずか300余。これを囲む政府軍は何重もの柵をめぐらし、その数4万。死を決した西郷は、夜明けを待って、5日間過ごしたこの洞窟を出ました。桐野利秋、別府晋介、村田新八、池上四郎といった私学校の幹部たちも一緒です。この日の西郷の出立ちは妻のイトが縫ったしまの単衣に白い兵児帯。ゆっくりと岩崎谷を下ります。その時流れ弾が西郷の腰に命中。別府の介錯をあおいで49歳の生涯を閉じたのです。」
 
 …と、説明文にはこんな記載が。

 

 

 

 

 

 

 

 桜島・鹿児島市街地の眺望を終え駐車場に下りて行きます際に、ズラッと並びましたお土産屋sanを見ながら歩いておりますと、どのお店も100円札・1,000円札等の旧札が並んでおりますから、眼を止めてしまいます。何でも、お土産を購入しましてのお釣りは100円札・500円札の旧札を貰えますとか(^-^)
 
 ガイドsanがそんな説明をして下さいましたが、確か、その理由までは話されませんでしたような…
 GONsanはガイドsanのお話が聴き取りにくい位置にいましたから、説明がありましたのかも分かりません(^-^;
 
 で、WEB上で調べてみますと、こんな記載が…
 
 ◆鹿児島県の100円札の謎?
 
 ・百円札のおつり
 
 鹿児島県の人から聞いた話です。
 鹿児島県城山公園の土産屋さんでは百円札でおつりをくれるそうです。それも未使用のピン札で。少なくとも、2000年頃はどこのお店でももらえたと言っていました。
 鹿児島県では、観光協会の依頼により日本銀行が未だに百円札を発行しているとも言うのです。
 日本銀行が未だに発行している訳ないでしょうという事で、調べて見ました。
 
 鹿児島県城山公園の土産物屋さんでは百円札でおつりをくれるのは本当でした。鹿児島で百円札をもらったという2005年11月25日の日記を発見しましたので、まだ、もらえるみたいです。
 お土産1個につき1枚もらえる様です。但し、今では、全てのお土産屋さんではなくなったみたいです。
 百円札のおつりが欲しい場合は、事前に確認する方が良いでしょう。
 
 ・ピン札の謎
 
 日本銀行が未だに発行していると言うのは間違いです。昔の百円札(板垣退助)です。
 では、何故、未だにピン札があるのでしょうか?
 
 100円銀硬貨が発行されたのが昭和32年で昭和34年に図柄が稲穂に変わり、昭和42年には図柄が桜の現在の百円銀硬貨になります。
 百円札の支払停止日が昭和49年8月1日です。
 
 長い間、百円札と100円硬貨が共存した年月ががありました。これは、日本全国に百円硬貨が普及するまでに時間がかかったからだと推測します。
 それが鹿児島百円札のピン札が未だに多量に存在する理由になっている様です。
 鹿児島県は100円硬貨の普及が遅く、本州ではとっくに100円硬貨に変わっていた時期でも鹿児島県では百円札が主流でた。従って、百円札の発行分は、ほとんどがそう言った地域に回されたと思います。百円札の支払停止日直前にも多量の百円札が鹿児島県には存在したことになります。
 
 札と硬貨が共存した時期に、本州からの観光客が百円札を珍しがる事に目をつけたお土産屋さんが百円札の支払停止日前に多量に百円札に両替したようです。
 支払停日以降も、銀行以外でも入手可能だったことでしょう。
 尚、百円札だけではなく、五百円札、旧千円札、旧五千円札も扱っているお店屋さんもあるとのことです。
 
 …との、こんな記載が(^-^)
 
 分かったような、今一、分かりませんような説明ではありますけど、一応、納得のGONsanです。
 が、もっと一生懸命にガイドsanのお話に耳を傾けておくべきでしたねぇ(^-^)//"

 

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