2015/05/02-05/03 第72回 尾道みなと祭 <2/8>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尾道駅前のメインステージから尾道商工会議所辺りまで、海岸通りの屋台村を通り抜け、ちびっ子の皆様の「ええじゃんSANSA・がり踊り」を見 物しながらヤッて来まして、ここからはお寺巡りの散策となりました(^.-)☆
 かと言って、特に目的はありませんから気ままに散策です。
 JR山陽本線の線路を横切り、まずは坂登り(^-^)

 そして、最初に眼にしましたのが天寧寺(てんねいじ)三重塔。


 ◆天寧寺 三重塔(海雲塔)
  広島県 南北朝時代(1388年)創建、江戸時代(1692年)改築

 文学と寺の町、尾道を見下ろす千光寺山の中腹にある尾道三塔のひとつです。
 よく見ると、少々ずんぐりとしていて少し不格好。この三重塔、実は創建時は五重塔だったようですネ(^-^)
 江戸時代の元禄五年に羅災による修復のため、壊れた上の二重を取り除いて三重塔として改修されましたようです。

 建築種別では「木造雑塔」に分類されます。奈良の不退寺や同じく奈良の安楽寺の塔は初重だけを残して仏堂風にしていますが、五重塔を三重塔に造 り変えたのは、この塔だけです。
 初重の一辺は、5.27mとかなり大きいところから、五重塔の時は総高が35m前後とか…
 禅宗様の塔で、初重は普通ですが、二重、三重目の塔身部の背が極端に低く、柱が短く三手先とした組物の方が厚みがあります。


 …と、検索しますとWEB上にこんな記載がありました(^.-)☆

 尾道特有の狭い坂道を下り、千光寺山ロープウェイ山麓駅前を通過しまして、次に向かいましたのが常称寺です。


 ◆常称寺〔時宗〕

 延慶2年(1309)、時宗第2世の他阿真教が諸国巡錫中、尾道にとどまり念仏弘通に勤めている際、霊夢を感じその地に生えていた榧(かや)の 大木をもって一堂を建立したので榧堂と言われていたそうです。
 その後、焼失と再建を重ね、現在では山門と本堂の間に鉄道と国道が走り、山門は民家の中に残されています。
 また2007年には本堂や山門などが国の重要文化財に指定されました。


 …と、こんな常称寺でありました(^.-)☆

 

 

 

 

 

 

 

 次に向かいましたのが「浄土寺」です(^.-)☆
 国道2号線沿いをノンビリと散策しながらのお寺巡りですから、JR山陽本線のガードをくぐり石段を登っておりますと、ご年配の女性が手摺りを掴みながらの先行です。

 思わず、「大丈夫でしょうか?」と声を掛けさせて頂きましたら、「えぇ、大丈夫ですよ(^-^)毎日こぅしてお詣りしているのですから、ご心配されなくてイイのですよ…」と実にお元気なお声(^_^)v
 大変失礼致しました(^-^;
 う〜ん、毎日、この時間帯に浄土寺へのお詣りですから、見かけはご年配でも、心身共にGONsanよりはお元気な方かも分かりませんネ(^.-)☆


 ◆浄土寺(尾道市)

 浄土寺(じょうどじ)は、広島県尾道市にある真言宗泉涌寺派大本山の寺院。山号は転法輪山(てんぽうりんざん)。院号は大乗院。本尊は十一面観 音で、中国三十三観音霊場第九番札所である。

 ・歴史

 この寺の創建年代等については不詳であるが、聖徳太子が開いたとも伝えられる。この寺が文書等にあらわれるのは鎌倉時代中ごろからのことで、鎌 倉時代後期に真言律宗系の僧定証によって中興された。その後1325年(正中2年)に焼失したが復興され、室町時代に入るとこの寺の五重塔が備後 国の利生塔に指定された。古くは多くの末寺を有したが、江戸時代中期には数ヶ寺であったという。

 ・境内

 山門を入ると正面に本堂、その右手に阿弥陀堂と多宝塔が建つ。これらの中世仏教建築群に対し、境内西側には方丈、庫裏及び客殿など、僧の生活空 間である近世建築群があり、庭園や茶室(露滴庵)もある。近世以前の寺院景観を良好に残す境内地は、本堂とともに国宝に指定されている。

 ・文化財(国宝)

 @本堂(附:厨子、棟札2枚、境内図2枚) -- 嘉暦2年(1327年)の建立。入母屋造本瓦葺き。和様を基調として大仏様、禅宗様の細部を取り入れた、中世折衷様仏堂建築の代表作。なお、1994年7 月、境内地全域が「建造物と一体をなしてその価値を形成している土地その他の物件」(文化財保護法第2条参照)として本堂とともに国宝に指定され ている。

 A多宝塔 --- 嘉暦3年(1328年)建立の和様の多宝塔。中国地方における古塔の一つとして、また鎌倉時代末期にさかのぼる建立年代の明らかな多宝塔として貴重。

 ★本堂

 聖徳太子創建と伝わる、中国地方屈指の古刹。
 足利尊氏が武運長久を祈った(都落ちしていた尊氏が再び京へ攻め上る時)寺としても有名。今も、「尊氏参籠の間」として残る。
 尾道は、豪商の町としても知られる、本堂は、鎌倉時代に豪商の手により再興された。浄土寺は、「海の見える寺」である。そして、尾道は、落ち着 くおだやかさを持っている町である。
 真言宗なのに本尊は、「十一面観音菩薩」(秘仏で33年に一度の公開。次は平成46年)である。


 …と、こんな「浄土寺」なのでありますが、訪れておられましたのはGONsan達を含み8名の方々のみと、少々寂しさを感じます参拝者。
 尾道駅から浄土寺までは、通常、JR山陽線より北側を散策され、色んなお寺に参拝しながらヤッて来られますのでしょうから、今から色んな方が…
 GONsan達は、いきなり浄土寺に向かい、それから逆方向に尾道駅方向に帰りますから(^.-)☆

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