2015年 某協会福山支部の皆様と「山陰研修旅行」行きでした(^.-)☆ <13/13>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「堀川めぐり」もいよいよ終わり近くとなりまして、スタート地点の乗り場にと向かう事となりました。
 武家屋敷通りの河岸には「小泉八雲」先生の像が(^.-)☆

 小泉八雲san、元々は新聞記者でしたが、2年間松江の島根県立中学校へ英語教師として赴任。
 この間の給与は、当時の教諭としては破格でしたとか…金額は忘れてしまいましたけど、額を聞きました時には実に驚きましたGONsanなんでありました(^_^)v

 ◆小泉八雲

 小泉八雲(こいずみ やくも、1850年6月27日-1904年(明治37年)9月26日)は、ギリシャ生まれの新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、日本民俗学者。東洋と西洋の両方に生きたとも言われる。
 出生名はパトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn) 。ラフカディオが一般的にファーストネームとして知られているが、実際はミドルネームである。アイルランドの守護聖人・聖パトリックに因んだファーストネームは、ハーン自身キリスト教の教義に懐疑的であったため、この名をあえて使用しなかったといわれる。

 ファミリーネームは来日当初「ヘルン」とも呼ばれていたが、これは松江の島根県立中学校への赴任を命ずる辞令に、「Hearn」を「ヘルン」と表記したのが広まり、当人もそのように呼ばれることを非常に気に入っていたことから定着したもの。ただ、妻の節子には「ハーン」と読むことを教えたことがある。Hearnはアイルランド南部では比較的多い姓である。

 1896年(明治29年)に日本国籍を取得して「小泉八雲」と名乗る。「八雲」は、一時期島根県の松江市に在住していたことから、そこの旧国名(令制国)である出雲国にかかる枕詞の「八雲立つ」に因むとされる。

 ★経歴

 1850年、当時はイギリス領であったレフカダ島(1864年にギリシャに編入)にて、イギリス軍医であったアイルランド人の父チャールス・ブッシュ・ハーンと、レフカダ島と同じイオニア諸島にあるキティラ島出身のギリシャ人の母ローザ・カシマティのもとに出生。生地レフカダ島からラフカディオというミドルネームが付いた。

 父はアイルランド出身でプロテスタント・アングロ・アイリッシュである。イギリス軍の軍医少佐としてレフカダ島((Lefkada) の町リュカディアに駐在中、キティラ島(イタリア語読みではセリゴ島)の裕福なギリシャ人名士の娘であるローザ・カシマティと結婚した。
 1852年、両親とともに父の家があるダブリンに移住し、幼少時代を同地で過ごす。
 父が西インドに赴任中の1854年、精神を病んだ母がギリシアへ帰国し、間もなく離婚が成立。以後、ハーンは両親にはほとんど会うことなく、父方の大叔母サラ・ブレナン(家はレインスター・スクェアー、アッパー・レッソン・ストリート交差点)に厳格なカトリック文化の中で育てられた。この経験が原因で、少年時代のハーンはキリスト教嫌いになり、ケルト原教のドルイド教に傾倒するようになった。

 フランス・イギリスで教育を受けた後、1859年に渡米。得意のフランス語を活かし、20代前半からジャーナリストとして頭角を顕し始め、文芸評論から事件報道まで広範な著述で好評を博す。
 1890年(明治23年)、アメリカ合衆国の出版社の通信員として来日。来日後に契約を破棄し、日本で英語教師として教鞭を執るようになり、翌年結婚。
 松江・熊本・神戸・東京と居を移しながら日本の英語教育の最先端で尽力し、欧米に日本文化を紹介する著書を数多く遺した。日本では『雨月物語』『今昔物語』などに題材を採った再話文学で知られる。

 1904年(明治37年)に狭心症で死去。満54歳没。彼が松江時代に居住していた住居は、1940年(昭和15年)に国の史跡に指定されている。
 ドナルド・キーン、イザベラ・バード、アーネスト・フェノロサ、ヴェンセスラウ・デ・モラエス、ブルーノ・タウト、アンドレ・マルロー等とならび、著名な日本・日本文化紹介者の一人であり、彼が遺した数々の文献は日本人にとっても祖国の文化を顧る際の重要なよすがとなっている。


 …と、こんな小泉八雲先生のようですネ(^.-)☆
 ですが、最初の赴任地が、何故、松江市でしたのでしょうねぇ〜

 

 

 

 

 堀川めぐりを終え、スタート地点の船乗り場にと戻ってきますと、同じ場所に存在します「松江堀川地ビール館」で昼食です。

 ◆松江・堀川 地ビール館

 堀川遊覧船のりばすぐ隣の好立地。松江城をはじめ武家屋敷や小泉八雲記念館など、塩見縄手観光が徒歩圏内。
 しまね和牛が味わえるビアレストランや松江のおみやげを取り揃え、皆様のお越しをお待ちしております。

 ・施設概要

 2F -- ビアレストラン 184席(テーブル148席・板座敷36席)
 1F -- 特産品館・地ビールカウンター
 バリアフリー対応エレベーター×1基・身障者用トイレ完備・車椅子スロープ完備(1F)
 大型バス専用駐車場・レンタサイクル


 …と、こんな地ビール館でありましたが、ここでの昼食を終えますと全日程を一応終了。
 予定には、帰路に三次の「風土記の丘」もありましたが、あいにくの降雨でここはパス。昼食後には、一路、福山へと向かう事となりました(^-^)//"

 

 

 

 

 松江玉造IC -- 山陰道・松江尾道 -- 福山西IC -- 福山駅北口 のルートで一路福山へ。
 途中、往路同様に復路でも「道の駅たかの」でトイレ休憩。

 走行再開となりましたけど、バス車内では大半眠っておりましたGONsanです。
 時たま眠りから醒め窓の外の様子を伺いますと、夕闇迫る中、紅葉が大変キレイでありました。そして、降り続いていた降雨もいつの間にか止みましたのでしょうネ…大きな虹が(^_^)v
 ですが、どなたも窓の外に大きく架かります虹に声を発する方はおられません。
 車内で気持ち良く眼を閉じておられました方は、GONsanのみでもなかったようですネ(^.-)☆

 バスは順調に走行で、福山駅北口着は、風土記の丘に立ち寄っていませんだけに、当初の計画より1時間早いP.M.5:00着となりました(^_^)v
 皆様それぞれ沢山のお土産・想い出を手に降車されますと、解散、お別れとなりました。
 皆様、大変お世話になりましたm(_ _)m お疲れ様でございました(^-^)/

 GONsanもまた、それなりのお土産を手に福山駅構内を抜け、福山駅南口地下駐車場へ。
 ここのベンチで迎えの嫁さん待ちとなりますけど、いつも仲々来ませんから…
 ノンビリ待とうか…と思う間もなく嫁さん到着ですから、チョッとビックリ(^-^;

 そぅそぅ、GONsanの読みが甘かったようですねぇ〜
 バスが、国道2号線--福山駅前(南口)--福山駅北口と、この間の時間が意外と要しましたようでした。この時間の読みを誤りましたばかりに結果的には良かったのかも(^.-)☆
 とにかく待ち時間がありませんで、大変ラッキー(^_^)v

 地下駐車場を出まして前方上空に眼を向けますと、椋鳥の大群が…
 この椋鳥に関しましては、もぅ随分前にもこんな新聞記事が…

 ◆ムクドリ大群再来 福山駅前

 --- 2011/11/09 中国新聞 ---

 福山市のJR福山駅南側の駅前大通りで、高層ビル建設中の2年前に姿を消した推計数千羽のムクドリの大群が再来している。市は10月、ふん害が目立つ歩道の街路樹の枝を剪定(せんてい)したが、ねぐらは通りの中央分離帯に移動。市に鳴き声などへの苦情が寄せられている。
 市によると、ムクドリは10月初めごろから毎夕、宮通り口―福山郵便局前間の約200メートル区間の樹木に飛来する。8日深夜も甲高い鳴き声が響き渡っていた。同市の会社員男性(48)は「気味が悪く、空からのふんも心配」と漏らした。 市は約15年前から鳥の足場をな…


 …と、こんな記事。
 ふ〜ん、未だにこの時期には、椋鳥の大群が福山駅前通りの街路樹をねぐらにしていますようですねぇ〜
 もぅ10年近く前になりますか…GONsanの職場も福山駅〜国道2号線間の駅前通りに面した場所にありまして、この椋鳥には少々迷惑ではありましたネ。

 確かに朝晩の出退社時に街路樹の下を歩きます時には要注意。いつ上から糞が落ちてきますか分かりませんから(^-^)
 ですが、歩行中に歩行者の皆様が落下する糞で被害に遭ったと言う事は耳にはしませんでしたねぇ〜GONsanの職場の皆様からも、そのような声は…

 とは言いましても、夕方、5:00〜6:00の間に集団で戻って来ます際のあの騒々しさは、結構気にはなりましたネ(^.-)☆
 この時間帯には、何グループかに分かれて福山城方向から、まるで黒い絨毯が向かって来ますような感じで、建物の間を上手にS字飛行です。この景観は、本当に魔法の絨毯が極めて巧妙にビルの谷間をS字飛行していますように見えるのですよ。
 これは大変絵になりますので、こんな時期になりますと、関西地区のテレビ会社がクルーを組んで撮影に来ますけど、その都度苦笑のGONsanでした。
 どなたに情報貰って来ておられますのか分かりませんけど、このクルーの皆様の来訪時期が、毎回、微妙に遅くズレますのですよ(^.-)☆

 椋鳥の皆様は、1年を通じこぅした集団を編成している訳ではありませんで、この時期だけなんですねぇ〜
 10月下旬〜12月中旬に大概3〜4グループ編成で、適当な時間差で順番に福山城方向から魔法の絨毯の飛行形式でねぐらへと戻って来ます。が、スグには街路樹には降りませんで、この上空で何度も旋回です。
 そして、多分、リーダーの合図の元で街路樹に降りて来ます。が、この際の鳴き声の騒々しい事と言いましたら、この付近に職場がありません方々には、多分、想像すら出来ませんかも(^.-)☆
 とにかく、建物内部にもこの騒々しさは、充分伝わって来ますから(^_^)v

 それが、福山繊維ビルが解体・建替工事進行で、一時的には飛来しなくなったようですけど、何年か前からはまた以前のように駅前通りの街路樹をネグラとしていますのですねぇ〜
 ネグラの街路樹は、宮通り口―福山郵便局前間の約200メートル区間の樹木なんです。が、丁度、この区間にGONsanの職場がありましたものですからタマりません(^-^;

 とにかく、嫁さんの運転します車内から上空を見上げ、10年近く前の当時の様子に想いを馳せますGONsanなのでありました(^-^)
 「何を独りで笑ってるの、気持ち悪い!!」の嫁さんのお言葉にも、仔細を説明しますのも億劫で…
 ただただ、椋鳥の集団を見つめますGONsanなのでありました(^-^)//"

 

 

 

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