2016年 友人が災害調査で今度は宮崎へ… <2/2>

 友人から届きました今朝の画像は、宮崎港と言うか宮崎港フェリーターミナルの景観でした(^.-)☆
 撮影時間は、A.M.6:58。
 …と言う事は、早朝散歩はA.M.6:00頃からスタートしておられますのかも…

 宿泊場所の宮崎第一ホテルからは、距離にしまして多分4.3km程度なんでしょうか…
 GONsanはジョギングですと6分/km、ウォーキングですと9分/kmですから、ここまで40分程度は要しますネ。途中、信号での待機を考慮しますと45分程度は要しますかも…

 >お早うございます
 >やっとフェリー乗り場に着きました
 >曇天です

とのコメントがありますから、早朝から良い運動にはなられましたようですねぇ(^.-)☆
 宮崎港の海面は、風もほとんど無かったのでしょうか、実に穏やか。曇天でありませんでしたら、キレイな海面でしたのでしょうけどネ(^-^)

 それにしましても、今日も終日蒸し暑さを感じました福山市内。
 南国宮崎ですから、往復9km近くの友人の早朝散歩では、結構汗が出ましたのでは(^_^)v
 さて、明日は、どちらに早朝散歩行きなのでしょうねぇ(^-^)//"

 今朝はJR宮崎駅東口周辺を早朝散策されましたご様子で、届きましたのは「宮崎科学技術館」と、その敷地内に設置してあります「H-1ロケット(高さ40メートル)」の画像でありました(^.-)☆
 早速、WEB上で「宮崎科学技術館」を検索してみます事に(^-^)

 ◆宮崎科学技術館

 ・スポット紹介

 「科学と遊ぶ」をテーマに、アポロ11号月面着陸船実物大模型やジェミニ宇宙船など宇宙に関する展示や、大気圧実験装置など遊びながら科学を体験できる展示などで楽しめます。
 直径27mのプラネタリウムは、かつてギネスブックにも載った世界最大級の規模で、季節ごとに替わるプログラムで臨場感あふれる宇宙の世界に引き込まれます(投影時間約50分)。
 館のシンボルは「H-1ロケット(高さ40メートル)」。

 ・周辺にもさまざまな施設が

 宮崎科学技術館の周辺には、宮崎市総合体育館、宮崎市中央公民館、ニューウェルシティ宮崎(旧宮崎厚生年金会館)があり、宮崎市中央公園(文化の森公園)と呼ばれています。
 宮崎市中央公園 -- 昭和56年開園、面積5.1ヘクタール(宮崎県宮崎市宮脇町66番地ほか)。
 広い芝生広場や遊具、日本庭園、噴水などが配置され、春はサクラも楽しめます。


 …と、こんな宮崎科学技術館のようであります(^_^)v
 画像を拝見しますと、本日もさほど天気は良さそうではありません宮崎市。終日、曇天でしたのかも…
 福山市は一応晴天で、今日もまた気温は高く蒸し暑い感じもありましたネ。

 ところで、H-1ロケットは高さ40mですか…間近で拝見しますと、随分大きく感じられますのでしょうねぇ(^-^)//"

 

 

 友人から届きました今朝の画像は、まず「宮崎県総合文化公園」の画像でありました(^.-)☆

 ◆宮崎県総合文化公園

 宮崎県総合文化公園(みやざきけんそうごうぶんかこうえん)は、宮崎県宮崎市にある総合公園である。

 ・歴史

 この地には1924年に設立された宮崎高等農林学校があり、1949年に後継となる宮崎大学農学部が設立された。1972年に宮崎学園都市への移転が決定し、1984年から1988年にかけて順次移転された。
 宮崎県は1983年に、置県100年記念事業として大学跡地に総合文化公園の整備計画を発表。1988年に宮崎県立図書館、1993年に宮崎県立芸術劇場(2008年4月から、ネーミングライツにより「メディキット県民文化ホール」)、1995年には宮崎県立美術館が完成した。
 1998年には、建設省(現・国土交通省)より公共建築百選に選定された。

 ・園内の設備

 公園の敷地は東西450メートル・南北370メートルの長方形で、東側は図書館・芸術劇場・美術館と石畳の文化広場、西側は県民広場となっている。文化広場には噴水や、アメリカの彫刻家ジョージ・シュガーマン((George Sugarman) によるモニュメントが配されている。県民広場には芝生広場や石の広場、しょうぶ園などがあり、災害時の避難場所や遊水地としての機能も持つ。

 この宮崎県総合文化公園内には『川越 進』氏の像が存在しますけど、「川越 進」sanとはどんな方なのでしょう?
 WEB上で検索しましたら、こんな記載がありました(^.-)☆

 ◆川越進 人生の歩き方

 「一党一派に偏らない」

 川越進が鹿児島県会議員となり、宮崎県再置運動に身を投じていたころ、全国では「自由民権運動」の嵐が吹き荒れていました。進も運動に積極的に関わり、宮崎・鹿児島に人脈を広げます。
 当時の活動家はさまざまな派閥に分かれ、団結や分裂を繰り返していましたが、進は不偏不党の立場で運動に関わり、その寡黙で誠実な性格もあって、多くの知己を得たと言われています。

 ・川越進の功績とは

 --- 現在の宮崎県を誕生させた最大の功労者 川越進 ---

 明治時代初期に誕生した宮崎県。その後一度は鹿児島県に吸収合併され、改めて現在の宮崎県が誕生したのをご存知でしょうか?
 鹿児島県の支配から脱却し、宮崎県民(旧日向国人)としての「誇り」と「アイデンティティ」を取り戻すために、各地で多くの有志が立ち上がりました。
 その中心にいたのが、川越進です。

 彼は日向国選出の鹿児島県会議員として初めて、県会議長に就任し、宮崎県の分県を実現。その後も宮崎県会議長や衆議院議員として宮崎県の発展に尽くしました。
 川越進の存在があったからこそ現在の宮崎県があると言っても、決して過言ではありません。

 
ふ~ん、こんな立派な方のようですネ(^.-)☆

 そして次は、宮崎神宮に隣接の「宮崎県護国神社」の画像でありました(^.-)☆
 こちらもWEB上で検索です。


 ◆宮崎県護国神社について

 宮崎県護国神社は、国家公共に尽くしたご英霊をまつる神社です。みんなで感謝の誠を捧げましょう。当神社は宮崎神宮境内の西側です。

 宮崎神宮に隣接した場所にある美しい神社です。
 昭和28年4月宮崎県護国神社再建奉賛会を組織して県民の浄財をつのり、神社の再建に着手、昭和30年3月竣工、同日鎮座祭を斎行し今日に至ります。主に大東亜戦争で国に命を捧げたご英霊の遺品を展示している遺品館があります。


 …との事です(^-^)

 ところで、明日・土曜日は、友人はお休みなのでしょうか?もしお休みなのでしたら、また宮崎周辺の観光行きなのかも分かりませんねぇ~ただ、明日の天候が…
 大した降雨でもなさそうにも思われますけど、また出掛けられます先々の画像を楽しみに待っていたいと思います(^-^)//"

 

 

 

 今朝、友人からLINEで、こんなメッセージが届いておりました(^.-)☆

 >お早うございます
 >今朝も雨です
 >昼から上がればちょっと散策しょうかな…と思っています

と、こんなメッセージが(^-^)

 で、夕方届きました画像がこの2枚の画像でありました(^-^)
 ふ~ん、結局、昨日・今日と宮崎県はあいにく雨天でしたのかも分かりませんねぇ~せっかくのお休みだと言いますのに、それは残念でしたネ。
 でも、ユックリと身体を休めます良き休養日となりましたのかも分かりません(^_^)v

 画像を拝見致しますと、「阿蘇山上空の風」そして「桜島上空の風」。
 これは、九州地方ならではの降灰に備える天気予報と言いますか風向予報(情報)なのでしょうねぇ~

 WEB上で検索してみますと、

 ◆阿蘇山(中岳)上空の風

 「上空およそ3,000メートルの風」は、噴煙が特に高く上がったときにご利用ください。データが表示されない場合や、データが更新されない場合などがあります。あらかじめご了承ください。
 情報は1時間おきに更新されますが、データ処理の関係上、毎時40分頃の更新となります。
 最新の情報を表示するために、定期的に手動で再読込をお願いします。


 …と、こんな記載が。
 鹿児島に出掛けました時には、車道や歩道の傍らに、堆積しました降灰を集めますナイロン袋が随所に置かれていますのをよく眼にしましたけど、噴煙が続きます時には日常生活も大変でしょうねぇ~
 う~ん、こんな風向情報も、皆さんの眼に入りやすい場所に設置されているのかも分かりませんねぇ(^-^)//"

 福山市内もそぅでしたけど、今朝の宮崎は素晴らしい晴天でしたようですネ(^.-)☆

 >今朝やっと晴れました
 …と、こんなメッセージと共に届きました画像を拝見しますと、うん、うん、久し振りの青空でしたのでしょうねぇ~本当に雲一つありません、気持ちのいぃ秋晴れです(^_^)v
 これは早朝散歩時と言いますより、出社途中の景観なのかも分かりませんねぇ~

 今朝は久し振りに足取りも軽い出社となりましたのでしょうねぇ(^-^)//"

 そぅそぅ、こんなメッセージもありました(^-^)
 >九州の天気予報です
 >降砂の方向により洗濯するかどうか決めるとの事

 …との事で、昨日届きました画像から、勝手に「降灰に備える天気予報と言いますか風向予報(情報)なのでしょうねぇ」と綴りましたGONsanですけど、正確には『降砂情報』でありましたか(^.-)☆
 「降灰」でなくて「降砂」のようですけど、まぁ似たようなもんですネ。
 とは言いましても、友人に敬意を表しまして「降砂情報」と言い換えさせて頂きたいと思います(^-^)/"

 

 友人からの今朝の画像は、丁度、朝日が顔を覗かせます瞬間でありました(^.-)☆
 今朝も、雲一つありません仲々の好天のようであります(^.-)☆

 Googleマップで確認してみましたら、Joyfullさん近くから撮られましたのでしょうねぇ~
 と言う事は、本日の早朝散歩は結構、遠出されましたようですネ(^_^)v
 気持ちの良い秋晴れに誘われまして、つぃ遠出となりましたのかも…

 出張先でのこぅした早朝散策は、さぞ楽しい事でしょうねぇ~実に羨ましいですねえ(^-^)//"

 

 今朝の散策は「県立平和台公園」でしたようですネ(^.-)☆
 友人の早朝散策ルートをマップ上で確認しておりましたから、以前から「県立平和台公園」と「平和の塔」の存在に気付いておりまして、その内に向かわれるだろう…と思っておりました。
 ら、ヤッとその日が訪れましたようですねぇ~

 本日、届きました画像が「平和の塔」でありました(^_^)v
 WEB上で検索してみますと、

 ◆平和台公園

 平和台公園(へいわだいこうえん)は、宮崎県宮崎市の丘陵地にある都市公園。宮崎県総合文化公園とともに『パークマネージメント宮崎』が管理する。
 平和の塔(八紘之基柱、八紘一宇の塔)があることで知られる。

 ・歴史

 「紀元2600年記念事業」として宮崎県奉祝会が中心となり、『八紘之基柱』(あめつちのもとはしら)の建設と周辺広場の造成を実施。作業員延べ66,500人、総工費67万円をかけて1940年11月25日に完成した。
 1942年10月には大日本帝国逓信省(現在の日本郵便)が、4銭普通切手として国威発揚のデザインとして採用され、富士山とともに描かれていた。

 太平洋戦争後、GHQにより『大東亜戦争』・『八紘一宇』などの言葉が国家神道を連想させるとして1946年1月に「八紘一宇」の文字と武人の象徴である荒御魂像(あらみたま)が取り除かれ、名称も『平和の塔』と改められた。
 1957年4月9日に都市公園として指定されることにより、都市公園としての整備も進められる。これに伴い平和の塔の復元が決定され、1962年10月5日に荒御魂像が、1965年1月30日には八紘一宇の文字がそれぞれ復元された。
 1964年の東京オリンピックでは平和の塔が聖火リレーの第2スタート地点となった。

 現在では平和の塔が宮崎県の代表的な観光地のひとつとして、運動広場や自然散策路などが地元住民のレクリエーション施設として機能している。

 ◆八紘之基柱(平和の塔)

 八紘之基柱(あめつちのもとはしら)は、宮崎県宮崎市の平和台公園に位置する塔。
 現在の名称は「平和の塔」。また正面に彫られた「八紘一宇」の4文字から「八紘一宇の塔」ともいう。

 ◇歴史

 ・塔の建造

 1940年の神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝うにあたり、国は紀元二千六百年奉祝事業として宮崎神宮の拡大整備事業を行うことになった。
 そして宮崎県当局も「紀元二千六百年宮崎県奉祝会」を立ち上げ、県を挙げて奉祝することになった。当時の知事相川勝六(奉祝会会長も兼任)は、「八紘一宇の精神を体現した日本一の塔」を作る事を提案し、実行に移すことになった。

 相川知事は大阪毎日新聞・東京日日新聞(両紙とも毎日新聞の前身)に頼み、この塔を設計する彫刻家を公募した。そして名乗りを上げたのが日名子実三である。
 日名子は「報酬は一文もいらぬから是非自分にやらせて下さい」と申し出て、相川知事も日名子の熱心さと彫刻家としての名声から、この申し出を了承することになった。相川知事は条件として、「何ヶ月間か宮崎県内を巡り、その風物に触れて構想を練ってほしい」と注文を出し、日名子もこれを受け入れた。
 そして宮崎神宮に参拝した際に、日名子は御幣を見てインスピレーションを感じ取って、これに盾を組み合わせたデザインにしたという。

 場所について、相川知事は当初神武天皇縁の地である「皇宮屋(こぐや)」を考えていたが、県の幹部より皇宮屋の北部の台地を勧められ、実際に現地を訪れた結果、この地に建造することになった。
 1939年(昭和14年)年3月、日名子は模型を完成させ、相川知事の了解を得た。5月20日から工事開始。延べ約6万人の労働により翌1940年(昭和15年)11月25日に完成し、高松宮宣仁親王を迎えて落成式典が行われた。

 ・戦後

 戦後の1946年(昭和21年)にGHQの命により、「八紘一宇」の碑文と武人の象徴であった荒御魂(あらみたま)像が撤去された。塔内部の奉安庫に収納されていた秩父宮雍仁親王の揮毫「八紘一宇」も撤去・処分の対象となったが、宮崎県職員によって密かに運び出され、宮崎神宮の倉庫内に隠された。

 1957年(昭和32年)、「平和の塔」に改称。一時はロッククライミングの練習場代わりに使われるほど荒廃した。
 1962年(昭和37年)に荒御魂像が、1965年(昭和40年)に「八紘一宇」の文字が復元された。これらの復元を主唱した県観光協会会長の岩切章太郎に革新政党や労働組合が抗議に訪れたが、「日名子の芸術作品だから元に戻すのが当然」と追い返したという。

 ・構造

 正面には「八紘一宇」の文字(秩父宮雍仁親王筆)が刻まれ、四方に武人である「荒御魂(あらみたま)」、商工人である「和御魂(にぎみたま)」、農耕人である「幸御魂(さちみたま)」、漁人である「奇御魂(くしみたま)」の信楽焼の四神像が配置されている。
 塔内部は空洞になっており、「厳室」と呼ばれている。

 厳室入口の青銅製の扉には、神武天皇が美々津から出航する場面が彫られている。厳室内には、塔に彫られた「八紘一宇」文字の元となった秩父宮の真筆が安置されている。また日名子の作品である8個のレリーフ(大国主命国土奉還、天孫降臨、鵜戸の産屋、橿原の御即位式、明治大帝御東遷、紀元二千六百年興亜の大業、太平洋半球、大西洋半球)が架けられている。ただしこれらのレリーフは石膏でできており、劣化しやすいため、厳室内は原則非公開となっている。
高さは、36.4m。1,789個の切石(縦45センチ・横60センチ・幅15センチ)が礎石として使われている。日本国内はもとより、日本国外からも日本人会を通じて寄贈された(提供者は法人・団体に限られた)。


 …と、こんな「平和台公園」そして「八紘之基柱(平和の塔)」でありますようです(^-^)//"

 

 

 >残念…曇天でした(^-^;
 …と言いながらも、友人はまた日向灘・宮崎港フェリーターミナル方向への早朝散策となりましたようですネ(^.-)☆
 途中、阿波岐原森林公園を横切って(^-^)

 ◆阿波岐原森林公園について

 宮崎市街地の東部・日向灘に面する一ツ葉海岸に位置し、その大部分を国・県有の一ツ葉海岸松林でおおわれています。
 風光明媚な白砂青松の地として有名で、公園は海沿いに南北に長く、県管理のパークウェイは全長4.2㎞におよびます。パークウェイ沿いや松林内に遊歩道も整備され、サイクリングや散策などを楽しむことができます。
 阿波岐原森林公園は「宮崎・日南海岸リゾート構想」における「国際海浜コンベンションリゾート」の拠点で、宮崎を代表する観光、運動、レクリエーション施設が整備されています。

 公園の周囲には国生み神話で知られる江田神社、さらにはイザナキが「みそぎ」をしたと伝えられる御池(みそぎ池)など、神話にまつわる場所が多く存在しています。
 いろいろなリゾート施設を結ぶ4.2kmの道がパークウェイですが、この道が公園であることはあまり知られていません。
 「観光みやざきの玄関口」として、訪れた方に 宮崎人の「おもてなし」の心をコンセプトに、四季折々美しい草花で彩られています。


 …と、こんな阿波岐原森林公園でありますようです(^_^)v
 晴天でありましたら、日向灘の海面もさぞキレイに見えます事でしょうねぇ(^-^)//"

 

 10/28(金)に、宮崎へ出張中の友人からこんなメッセージが届いておりました。

 >お早うございます
 >明日で宮崎ともお別れです
 >最後に日向に行こうと思っています🎵
 >天気が良ければいいのですが…

と、こんなメッセージが(^-^)

 ふ~ん、そぅでしたか…と言う事は、10/3~10/29間の4週間の宮崎滞在となりましたのですねぇ~
 今回の滞在では、さほど天候には恵まれませんでしたようですから、アチコチ観光に出掛けます訳にも行きませんでしたのが、友人にとりましては心残りかも…
 そぅは言いましても、休日を利用されそれなりに出掛けておられますから、まぁ宜しかったのではないでしょうか(^_^)v

 で、昨日、届けて頂きましたのが、日向市の「馬ヶ背」の画像でありました(^.-)☆

 ◆馬ヶ背

 馬ヶ背(うまがせ)は、宮崎県日向市細島にある景勝地。日豊海岸国定公園の南端付近に位置する。

 ・概要

 日向岬(細島半島)の突端に位置する「馬ヶ背」は、太平洋の水平線を広く見渡すことのできる景勝地として日豊海岸国定公園を代表する観光地である。
 馬ヶ背観光案内所に隣接する駐車場からは遊歩道が整備されており、細島灯台なども巡ることができるほか、馬ヶ背へ向かう手前の展望台からは高さ70メートルにもおよぶ、柱状節理の断崖絶壁を眺めることができる。
 これらの絶壁は約1,500万年前の火山噴火によって、流れ出た溶岩が冷え固まった後、波に浸食されて形成されたもので、溶結凝灰岩による柱状節理としては国内最大規模といわれている。
 当地は日向市街地から比較的近い距離にあるため、日向市の代表的な観光スポットとして週末などには多くの観光客で賑わう。

 ・由来
 地名は、盛りあがった岩肌を海から見ると『馬の背中』に似ていることから名づけられたと言われている。

 ・植生

 樹木類 -- ココス(又はブラジルヤシ)、モチノキ、マテバシイ、シャリンバイ、カゴノキ、ヤブニッケイ、ハマヒサカキ、ヤブツバキ、ダイミンタチバナ、クロガネモチ、トベラ、カラスザンショウ、ネズミモチ
 群生花 -- ツワブキ、ハマカンゾウ


 …と、こんな「馬ヶ背」でありますようです。
 画像を拝見致しますと仲々の好天の下での「馬ヶ背」観光となりましたようですネ。太平洋の水平線を眺望出来まして柱状節理の断崖絶壁もスバラシイ景勝地のようであります\(^o^)/
 日向市都心部より距離的に随分近いですから、週末には大勢の観光客の皆さまが訪れますのも納得です。

 今回の宮崎行きは、台風16号の被害調査でしたようですけど、4週間の滞在お疲れ様でございました。
 次回は、いつ、どちらに出掛けられますのか分かりませんけど、それまで暫しお別れです。画像が届きますのを楽しみに、待っていたいと思います(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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