東京都日野市 八坂神社・日野宿本陣跡・大昌寺・宝泉寺 <1/3>

 八 坂神社

 -- 日野八坂神社 天然理心流奉納額 --

 佐藤彦五郎は、1804年権力争いから発生した騒動で日野宿は大火になり 騒動に乗じ斬りかかられたが、危うく難を逃れこの事件を機会に治安や身を守るこ とを痛感し、井上松五郎の師事していた三代目近藤周助に入門し、剣術の稽古を始めた。

 本格的に長屋門の一角を改造して四間四面の道場を作り同好の士を集め て剣術稽古に励んだ。
 安政五年(1858年)日野宿鎮守の牛頭天王社(八坂神社)へ剣術上 達を祈願する額を奉納した近藤周助、嶋崎勇、沖田惣次郎、のほか、日野宿の剣士13 名が名を連ねた。

 土方歳三も親戚の縁で道場にも参加し、正式入門を許され、近藤道場の 永倉新八、沖田総司らと、親交を深め新選組の基礎ができつつあった。

 佐藤彦五郎は土方歳三の姉のノブを妻とし、若年から日 野の名主として日野宿を管理。天然理心流を学び剣道場を設け、新選組設立には資金 面でも大きな役割を果たした。
  

↑↓  いずれも八坂神社境内内の景観です(^.-)☆

  

  

(左) (右)NHKの大河ドラマ放映もあり日野市内には“誠”の旗が眼に付きました(^_^)v (中)日野宿本陣跡です
 日 野宿本陣跡

 日野宿本陣は、嘉永二年(1849)正月十八日の大火によって古くか らの主屋は消失してしまいました。

 現存する建物は、佐藤彦五郎俊正が十年に及ぶ歳月を費やして準備を進 め文久三年(1863)四月に上棟し、翌元治元年(1864)十二月から住み始めたものです。

 日野宿本陣には、佐藤彦五郎が近藤周助に師事して開いた「佐藤道場」 がありました。ここでは、後の新選組局長となる近藤勇や副長の土方歳三、沖田総司、井上源三郎たちが激しい稽古に励んだのです。

 長屋門は、大正十五年の大火で類焼し、現在はありません。
 また、明治二十六年に五十四軒を焼いた日野大火に因って有山家(佐藤 彦五郎の四男彦吉の養子先)が焼失したため、「上段の間」と続きの一間は有山家に移されています(有山家は非公開です)。
  

↑↓  いずれも日野宿本陣跡の建物外の景観です(^.-)☆

  

↑↓  いずれも日野宿本陣跡の建物外の景観です(^.-)☆

  

  

(左) (中)(右)いずれも日野宿本陣跡の建物内の景観です(^.-)☆

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