広島市東区牛田新町 安国寺恵瓊ゆかりの不動院
 2007/01/27

 今日・土曜日は、3年前に亡くなられました嫁さんの親しい友人の墓参りで広島行きとなりました。
 嫁さんと同じ歳ですから随分若くして亡くなられましたけど、お墓は広島市の牛田新町の「安国寺恵瓊ゆかりの“不動院”」に存在します。

 で、A.M.10:15に我が家を出発。「たまには久し振りに国道2号線を走ろう…」との嫁さんのお言葉で、東広島市までは国道2号線を走行となりました。が、さすがに山陽自動車道のようにスムーズな走行は叶いませんから、志和ICから山陽自動車道に進入です(^-^)
 ここまで国道2号線を走って来たのですから、ついでにこのまま走行でもイィようなものですけど、時間を要しますから…

 山陽道の快適なドライブを楽しみます間もなく広島ICで出まして、また一般道を走行です。
 国道54号線を南下しヤッと不動院にと到着となりました。

 墓前に献花、線香をお供えしておりますと、私も嫁さんの友人には何度もお会いしていますから生前の面影が蘇ってしまいまして、あまりにも若すぎます逝去に人間の命の儚さを痛感してしまいましたネ。由緒あります不動院の墓地に祀って貰って、安らかに眠っておられるとは思いますけど…

 嫁さんは何度も墓参しておりますけど、私は今回が初めての墓参です。せっかくの不動院訪問ですから、由緒あります不動院の景観を何枚か撮らせて頂きましたが、故人への想いと同時に、由緒あります不動院の歴史にも想いを馳せてしまいましたネ。

 それでは、また画像で“不動院”をご案内させて頂きます。
 ■広島市東区牛田新町『不動院』

 広島市牛田町にある不動院は安国寺恵瓊(あんこくじえけい)ゆかりの寺で、真言宗別格本山新日山安国寺不動院といいます。
 国宝の金堂は桁行三間、梁間四間、一重裳階付、入母屋造、柿葺きの建物です。現存する唐様の建物としてはわが国最大の遺構であり、中世の本格的な仏殿であります。屋根は柿(こけら)葺きですから瓦は大棟に押さえとして使われています。

 戦国時代建立の禅宗様建築。天井墨書から天文9年(1540)頃建立と推定されている。
 大内義隆が周防(すおう)山口に建てた建物を安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が安芸安国寺仏殿として移築したと伝えられる。現存する禅宗様の建築としては規模の大きい遺構であり、繊細な禅宗様の手法を用いながら、容姿には雄大な気風がうかがわれる中世の本格的建物である。

 不動院は、中世、安芸安国寺として安芸の守護大名・武田氏の信仰を得ていた。火災などで一時は堂塔の大半が失われたが、安国寺恵瓊が再建に尽力し、現存する建物の多くが恵瓊によって建てられたといわれる。江戸時代に禅宗から真言宗に変わり、寺号も宥珍(ゆうちん)が不動明王を奉じてきたので不動院と呼ばれるようになった。

 14世紀の中頃、足利尊氏が諸国に建てた安国寺のひとつであるといわれる真言宗の寺院。境内には国宝の金堂をはじめ、庫裏、不動院楼門、国指定の重要文化財、銅製梵鐘、県指定重要文化財、木造仁王立像2体、本墨書不動院文書4巻などがある。原爆から免れた広島に残る最も古い建物としても有名。

↑ 不動院桜門:重要文化財、三間一戸、二階二重門、入母屋造、本瓦葺き。室町時代の建築様式。

 

(右)不動院桜門

 

(左)鐘楼:鐘楼も重要文化財で桁行三間、梁間二間、重層袴腰付、屋根入母屋造柿葺きの建物。
室町時代永享5年(1433)に建立されたものです。

 

(左)(右)不動院金堂

 ■不動院金堂

 国宝の金堂は桁行三間、梁間四間、一重裳階付、入母屋造、柿葺きの建物です。
 現存する唐様の建物としてはわが国最大の遺構であり、中世の本格的な仏殿であります。屋根は柿(こけら)葺きですから瓦は大棟に押さえとして使われています。
 その両端に鬼瓦がおさまっています。しかしここの鬼瓦は鬼面ではなく龍体の鬼瓦です。

   

 

   

 

 

   

  

 

(右)不動院金堂

← 戻る  Contentsに戻る  トップページに戻る  進む →
Ads by TOK2