鹿児島県 枕崎市・鹿児島市 <10/22>
鶴丸城

 鹿児島城は別名「鶴丸城」と言われていた城である。

 この城は慶長7年(1602)に初代薩摩藩主・島津家久(忠恒)の命によって築城をし、2年後に完成したものです。「人をもって城となす」の考えで天守閣もなく質素な屋形造りであった。

 鶴が翼を広げた形をしていたので「鶴丸城」と言われていたが明治6年の大火で焼失した。

 現在、本丸跡には明治100年を記念して造られた鹿児島県歴史資料センター「黎明館」(れいめいかん}があり鹿児島の歴史を4つに分けて展示している。特に明治維新の時代は興味深いものがある。

  

アコウ

 紀伊半島以南から四国、九州、南西諸島の海岸付近に分布する常緑の高木です。昔から防潮・防風用として人家の廻りに植えられて来ました。

 幹から気根が伸びて独特の形態になり、時には他の樹木に着生して宿主を絞め殺してしまう場合もあります。
 果実は食べられますが、ハチが寄生して空になっていることがよくあります。

 …との事です(^.-)☆

   

(左)(右)県指定史跡“鶴丸城跡”です(^.-)☆

  

 

(左)(右)石垣の無数の穴は、西南戦争時の銃弾の跡です(^.-)☆

  

鶴丸城跡

 「薩摩では人をもって城となす」の言葉通り、天守閣のない屋形造りの城でした。古い石垣や堀りの風情に江戸の昔を偲んで…

  

(左)市立美術館 (中)中央公民館 (右)西本願寺別院

  

↑↓ ザビエル滞鹿児記念碑です(^.-)☆

  

(右)夜のいづろ通りです(^_^)v

  

(左)(中)(右)鹿児島での早朝散策は、桟橋周辺の広場でした(^.-)☆

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