埼玉県 川越市 <6/9>
成田山別院

 成田山新勝寺の別院で真言密教の寺院です。喜多院の北側に位置し、地元では「お不動様」として親しまれています。目の病を不動明王に祈願して全治した千葉の石川照温が嘉永3年(1850)に創建したものです。

 毎月28日にはアンチックバザール「蚤の市」が開かれています。ちょっとのぞいてみませんか、思わぬ掘り出し物が手に入るかもしれません。

  

(中)富士見櫓跡の表示板が… (右)ここが富士見櫓跡のようです(^.-)☆

  

(左)ご主人様が体操中、ポメsanはおとなしくカゴの中で(^-^)/ (中)小江戸巡回バスのバス停です(^.-)☆

小江戸巡回バス

 主な観光地を結ぶ巡回バスで、川越駅西口から出ています。本川越駅、喜多院、本丸御殿、蔵の街、菓子屋横丁、川越市駅などを廻ります。一日フリー乗車券は500円で乗り放題。団体貸切や、個人参加のツアーバスも運行しています。

  

↑↓ 成田山別院の景観です(^.-)☆

  

↑↓ 成田山別院の景観です(^.-)☆

  

(右)次は、喜多院にと散策です(^.-)☆

  

喜多院

 喜多院は、五百羅漢やダルマ市(1月3日)で知られています。天長7年(830)に慈覚大師が無量寿寺を開いたのが始まりと伝えられています。永仁4年(1296)、尊海が慈恵大師を勧請して無量寿寺を再興し、北院・中院・南院となる各房が建てられました。喜多院となったのは慶長17年(1612)、徳川家康の信任を得る天海僧正が、住職となってからのことです。

 寛永15年(1638)、大火によって喜多院のほとんどを焼失。3代将軍家光が江戸城内・紅葉山から客殿、書院などを移築しました。それが結果的には江戸の大火による焼失を免れることになり、江戸城唯一の遺構として残されることになりました。客殿や書院には「家光誕生の間」「春日局化粧の間」と伝えられている部屋があります。これらは、慈眼堂・山門などとともに重要文化財に指定されています。

  

↑↓ 喜多院境内の景観です(^.-)☆

  

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