沖縄市コザ運動公園・玉泉洞・王国 村・ひめゆりの塔・首里城公園 <4/7>

ひ めゆりの塔

 「ひめゆり部隊」が看護活動を行っていた最後の場所、旧陸軍第3外科壕 跡。第1外科壕は、県道を挟んだ反対側にある。
 ここに部隊が移動した6月には医薬品や食糧も底をついていた。6月 18日、突如軍より解散命令が下された。この後、壕より脱出する直前に米軍のガ ス弾が打ち込まれ、兵士や学徒の多くが死亡、生還者はわずかであった。「ひめゆりの塔」は、この壕の上に建てられている。

 生き残った者も、さらに荒崎海岸に追い込まれ自決したりした。「ひめ ゆり部隊」の犠牲者194名のうち、「解散」後の死者が128名であることが 示す通り、軍の無責任さが多くの犠牲者を生んだといえる。

 塔の横には「ひめゆり平和祈念資料館」があり、生き残った女性が貴重 な証言を聞かせてくれる。(糸満市)
  

  

(右) 正面の建物は“ハブ博物公園”でしたが、時間がなくてパスでした(^-^;

  

  

(右) 次に向かいましたのは“ひめゆりの塔”でした

  

  

  

  

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