GW前半は お見舞いと若狭路散策でありました(^.-)☆ <1/5>
 2007/04/28(土)

 GW前半の今日・4/28(土)は、嫁さんの母上のお見舞いで若狭行きとなりました。
 で、A.M.6:00起床で我が家を出ましたのはA.M.7:00丁度でありました(^.-)☆

 GW初日ですから山陽道・中国道・舞鶴自動車道もさほど混んではいないだろぅ…と予測しました通り、順調な走行となりました(^_^)v が、単調な自動車道の走行は、それなりに結構疲れます。
 とは言いましても、往路は嫁さんの運転でしたが…

 隣りで寝ててイィとの事でしたから、私はズッと眠っておりまして、ハッと目覚めますとSAに停車で嫁さんの姿は見えません。
 トイレ休憩なのかも…と、SAエリア内を見廻しておりますと、祝日でもありましてSA売店の職員さんが国旗掲揚中ですから、この様子をパチリ(^.-)☆

 日の丸の次はGWですから、やはり鯉のぼり(^-^)
 でも、これはお一人では少し難しいご様子。で、応援の女性がいつの間にかヤッて来られましてお二人で掲揚です。この時期には天気さえ良ければ、毎日こぅして上げ下ろしをなさっておられますのでしょうねぇ〜

 この日は気温は随分高そうでしたけど結構風が流れておりましたから、鯉のぼりも早速気持ち良さそうに泳いでおりました(^_^)v
 山陽自動車道・竜野西SAエリア内の一コマです(^.-)☆

  

  

  

  

   

(左)山陽道・竜野西SA内で (右)嫁さんの母上が入院しています病院の花壇に、今にも飛び去りそうなタンポポが(^.-)☆

  

 若狭町の病院到着はA.M.11:20でしたから、福山を出まして4時間半近くの所要時間。距離にしまして348kmですから、休憩無しですと3時間少しで到着となりますけど、今回は急ぐ必要もありませんので、随分時間は要してしまいました。
 結局、ズッと嫁さんの運転となりましたけど、私は隣りで居眠りですから、少々申し訳ない気持ちも…でも、毎度の事ですが(^-^)

 病院に到着しますと丁度今から昼食でしたから、母上の昼食を嫁さんが少しお手伝い。
 様態の進展はありませんけど、お元気そうなのでまずは一安心(^_^)v

 昼食が終わり暫くしますと眠られましたので、私達も昼食を兼ねて若狭路を少々散策となりました。
 今回は、久し振りに『熊川宿』を散策です。
 その前に、熊川宿から河内方面に数`入りました山間をドライブ。

 この河内ではダム建設が進んでいるようですから、その現場周辺を探索したい気持ちでしたけど、進入路がよく分かりませんから途中でUターン(^-^)
 その際に眼に入りましたのが傾斜地に生えました樹木。
 斜面に樹木が生えますと、とりあえず斜面と直角方向に生えまして、それから上空方向にと成長して行きますようですネ(^.-)☆

 当たり前なのかも分かりませんけど、GONsanには実に不思議に感じられてしまいましたから、4枚ばかりパチリです(^-^)/

  

 ■熊川宿

 福井・若狭で水揚げされた海産物を、京の都へ運ぶ人々が行き交わった、通称『鯖街道』。そのメインルート・若狭街道沿いにあるのが、山あいの宿場町「熊川宿」です。

 往時を偲ばせる古民家が点在する道を、ノンビリと散策しますのもイィものですネ(^.-)☆

  

 

 ■若狭鯖街道熊川宿資料館(宿場館)

 かっての熊川村役場だった建物を改修した資料館で、鯖街道関係の資料や民具などを展示しています。
 営業時間 8:30〜17:00  定休日 毎週月曜日 年末年始  入館料  200円  レンタサイクル、貸ロッカー有り

   

   

 

   

   

 ■熊川城

 沼田氏は上野国沼田の沼田氏の一族で、鎌倉期よりここに勢力があったとされます。永禄年間に築城されたと推定されます。築城は沼田弥七郎統兼あるいは沼田勘解由左衛門清延とされます。城は永禄十二年(1562年)に瓜生の松宮玄蕃に攻められ城は落城したとの事です。

 この後は松宮氏の支城とされ、天正十二年(1584年)に丹羽長秀が若狭に入部した時に廃城になったとされます。<現地案内板・資料より>
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